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法華七喩講座
御法門でよく聴聞させていただく法華七喩。え、何それ。という人も、見れば、ああ知ってる。というお話ばかり。
 平成14年3月から毎月一つづつ、一緒に拝見をしてゆきましょう。
「法華七喩」
 法華経に説かれている、7つのたとえ話。2種類あって、仏様が衆生に法華経の教えを理解させるためにたとえ
話で説かれているもの。もうひとつは、教えを受けた衆生の代表の人が仏様に法華経の教えをいただいた事の
喜びの表現と、受けた教えを仲間によく分からせる為にたとえ話で聞かせるものとがあります。

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目次

1:「三車火宅の喩」法華経方便品第2         2:「長者窮子の喩」法華経信解品第4
3:
「三草二木の喩」法華経薬草喩品第5       4:「化城の喩」法華経化城喩品第7
5:
「衣裏繋珠の喩」法華経五百弟子受記品第八 6:「髻中明珠の喩」法華経安楽行品第14
7:「良医の喩」法華経如来寿量品第16

「三車火宅の喩」
「三車火宅の喩」を拝見する為に知るべき事。

   
釈尊の教育法。(調機調養)
 釈尊は衆生に法華経を説く為には、それぞれの人々の宗教的能力に合わせてその能力を高める教えが必要であると考えられました。
 声聞(仏の説法を聞くことによって悟りを開こうとする衆生)→四諦の法門

 縁覚(仏の教えを縁として自己の修行によって悟りを開こうとする衆生)
                         →十二因縁の法門

 菩薩→六度行の法門  
 法華経方便品第二では、この三種類の人々(三乗といいます。)が各々の方法で悟りを開くことが釈尊の御本意ではなく、これら全ての人々は一つの教え(一仏乗)でこそ、成仏することが出来ると明かされます。
 譬喩品第三では、智恵第一と言われる舎利弗が、この釈尊の教育法を知り、初めて釈尊の御本意を理解した事で成仏を許されました。
 しかし、舎利弗は自分より能力が劣る者にどう説明すれば良いかを釈尊に問います。
 これに答えて釈尊が説かれたのが、「三車火宅の喩」です。
三車火宅の喩」
 ある所に、たくさんの子供を持った長者が住んでいました。

 この長者の家は、軒が傾き今にも崩れ落ちんばかりであったのに、ある日、長者の外出中にこの家にたくさんの子供を残したまま、火事が起こってしまいました。
 我が家の火事を聞きつけた長者は急いで帰宅しましたが、家の中を見てびっくりしました。
 家が燃え盛っているのに、子供達は家の中で嬉々として遊んでいるのです。子供達は火事には全く気付いていません。
 長者が子供達に避難するように言いますが、子供達は遊びに夢中で聞く耳を持ちません。
 そこで長者は、子供達を救う為にある事を考えました。
 そうして、子供達に向って語りかけました。
 「さあ、子供達。外に出れば素晴らしいおもちゃをあげるよ。それは何だと思う?羊の車、鹿の車、牛の車だよ。」
 これを聞いた子供達は、我先に外に飛び出しました。
 ところがどうでしょう。子供達が見たものは、羊や鹿、牛の車のような安っぽい乗り物ではなく、金銀銅で飾られた目も眩むような立派な大白牛車が置いてあったのです。
 長者は子供達を全てその車に乗せると、安全な所へ避難したということです。

 
参考
 三車火宅の喩の中の「車」とは、次の意味があります。
 羊の車→声聞への教え。鹿の車→縁覚への教え。牛の車→菩薩への教え。
 大白牛車→一仏乗の教え。真実。(余談ですが、一説にはこの大白牛車はゾウの車だったという説があります。インドの法華経原典を訳した羅什は中国の人であり、ゾウの存在を知らなかったと言われています。)

 参考文献:「法華経講義」修学塾テキスト
 御教歌
 御題「久遠本仏の本法を信じ奉りて法界をみれば」
 ありがたや娑婆は寂光浄土にて しぬもいきるも妙法の中

 
御題「迷妄の謗法人無慚也と不便(不憫)に思ひやられて」
 あはれなり娑婆はまよいの火宅にて しぬもいきるもくるしみの中
 久遠本仏の御本意である、上行所伝の御題目口唱の御信心にお出値いした者とせぬ者では同じ娑婆世界に生きていても寂光浄土の中と火宅の中という大きな違いがある。
 真実の大法にお出値い出来たことの喜びを忘れず、この娑婆を火宅とする人々をお救いする御弘通ご奉公に励ませていただく事の大事をお教えの御教歌です。
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「長者窮子の喩」
「長者窮子の喩」を拝見する為に知るべき事。

 前回解説した「三車火宅の喩」で、舎利弗尊者等は、声聞、縁覚、菩薩の三乗のそれぞれの教えが、実は一切衆生を成仏させる為の方便であり、一仏乗の法華経の教えこそ、真実の教えであることを悟りました。
 三車火宅の喩で得た自らの悟りを、舎利弗尊者の同輩である、須菩提、迦葉等の四大声聞が、「長者窮子の喩」に託して仏様に申し上げるの場面が、法華経信解品第四に説かれています。
 大事な事は、仏の悟りを理論や理屈ではなく、信心の力で感得したことを、ご披露されているという事です。

「長者窮子の喩」

 ある所に、ある事情で父と別れて五十年経った人がいました。
 この人の父は長者で、大城郭を構えて豪奢な生活をしているのに、その子供は落ちぶれて乞食になり、諸国を流浪している間に、たまたま父親の住んでいる国へとやって来ることになりました。
 父は父で、なんとかして自分の息子を探して、自分の財産を与えてやりたいと常々願っておりました。
 そんなある日、城壁の門口にたたずむある乞食を見つけました。
 父親の長者は、親の直感でその乞食が自分の子供であると感じたのです。
 父は走りよってその乞食を我が家に招きいれようとしました。
 しかし、長者の子供である乞食は、長者の威勢に驚き、恐れてたちまちに逃げ出してしまいました。
 そこで、長者は使いを立てて、子供を連れ戻そうとしました。
 長者の子供を見つけた使者は、必死に追いかけました。
 しかし、長者の子供は貧乏暮らしで心まで卑しくなっているので、使者を見て、てっきり長者の城を先ほどうっかり足を踏み入れて、汚したので長者の使いが殺しに来たのだとカン違いしてしまって恐怖の余り気を失ったのです。
 使者は長者の子供をそのまま連れ帰りました。
 それを見た父親の長者は、子供に水をかけて目覚めさせ、改めて汚いなりをさせた使者をやって、子供に城の便所の汲み取りの仕事を与えました。
 父親の長者は、子供に便所の汲み取りの仕事をさせつつも、血を分けた我が子が不憫でなりません。
 ある日、父の長者は自分も垢だらけの衣を着て、体を塵や土でわざと汚して子供の前に現れて子供に言いました。
 「ここでこの便所の汲み取りの仕事を辛抱して働けば、給料も上げてやるし、地位も上げてやる。」と、約束をしました。
 子供の心に向上心を与えたのです。
 そうして子供は、長者の信頼に答えて、段々色々な仕事を覚え、地位も向上し、ついには長者の財産の管理まで任される事になりました。
 そういう立場になっても、子供は真面目に働き、自分の私腹を肥やす事もなく、ついに心の卑しさは無くなりました。
 更に時が経ち、長者も臨終を迎える時が来ました。
 長者は我が子の心がようやく願っていた豊かな心に固まったのを見て、初めて親子の名乗りをあげて、自分の財産を全て子供に譲り渡しました。
 子供は、そこでやっと親としての長者の慈悲を知り、その上大変な財産をも全て自分に与えようとする親心を知ったのです。
解説
 この「長者窮子の喩」では、仏様を長者、衆生を子供に例え、遠い昔からの仏と衆生の深い因縁を示しています。
 迷いに苦しむ衆生を、方便の教えで心を整え、最後に真実の大法を与える仏の大慈大悲を表しているのです。
 参考文献:「法華経講義」修学塾テキスト
御教歌
 親が子を 思はん程の おもへぬを 其まゝすくふ 親の慈悲かな
 仏様の私ども凡夫におかけくださる大慈大悲は我々にはとうてい計り知れません。
 親が子供に注ぐ愛情を例に、私どもの親である仏祖は、真実の成仏の法である御題目をお残し下さり、常に親の心で我々凡夫を救おうと、お見守り下さっている事を知らねばいけないと仰せです。
 この大恩に報いる為にも、日々に口唱信行、御弘通教化に励め、とお教えの御教歌です。
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「三草二木の喩」
「三草二木の喩」を拝見する為に知るべき事。
 前回解説した「長者窮子の喩」で、舎利弗尊者の仲間の四大声聞が、「仏の大慈悲は、衆生の種類、能力に応じて方便を使いわけ法を説かれたが、その根本は法華経の一仏乗である。」ということを例え話で答えたことに、仏様は大変お喜びになりました。
 そして、仏の説く教えに、方便と真実があるということは、仏が望んだことでなく、衆生の側の状態によって、自然にこの差別が生じたことを説かれます。
 仏の慈悲心の深いことを、大地に生い茂る草木に例えて説かれたのが、今回の「三草二木の喩」であります。

「三草二木の喩」
 例えば、この全世界の山・川・谷等の各地に生い茂る木々、種々の薬草、大中小の木や林などは、種類が色々あって、その名前も形も異なっている。
そこへ、空一杯に雲がひろがり、雨を降らすと、雨は木々や草花に平等に降り注ぐ。
草木はそれぞれの大きさに応じて水を吸い、枝葉を茂らせ花を咲かせる。
これらの草木は同じ一つの大地に生えて、一つの雲がもたらす雨によってうるおうのだが、草木にはそれぞれ、その種類、大きさには差別がある。
迦葉たちよ、よく聞きなさい。如来がこの世に現れたということは、この例えのように世界をおおう大きな雲が現れたのと同じようなものである。
如来は大雲のように世界を包み宣言する。
「我は如来・仏・世尊である。未だに仏法に帰依しない者は、帰依せしめて、未だに仏法が解らぬ者には、解らせるよう法を説き、未だに安らかな境地にない者は、安らかに、未だに成仏を得ない者には、成仏を遂げさせる。全ての衆生の前世・未来世も良く知っており、我は一切を知る者であり、一切を見る者である。」と。
如来は衆生の仏法を修行する能力に、利・鈍などの差別があるのを見て、それぞれに種々の法を説いてきたが、それは大きな雲が草木に雨を降らすのと同じで、如来の教えは一仏乗であるが、衆生はその立場に応じて色々に教えを自分の能力に応じて受け取り、しかもその事に気づかなかった。
如来だけがこの事を知り、衆生の心が色々に移り変わるのを良く観察して導いてきたのである。

補足説明
 三草二木の題の意味。
 三草とは、人間界、天界の衆生(小草)、声聞、縁覚の行者(中草)、それぞれの機根に合わせた教えを受けている菩薩(大草、小樹、大樹)を指します。
 仏の大慈大悲は、これらの三草二木に例えられる全ての衆生に、分け隔てなく注がれ、全ての衆生を成仏に導く、ということを示されております。

御教歌
をしなべて 一味の雨はそゝげども 沾ふかたはおのがさまざま

 仏様の大慈大悲は、一切衆生に降り注がれております。その慈雨は一仏乗の真実の教え、妙法であります。
 しかし、その慈雨を受ける側には、色々な種々の差別があります。
 仏様は八万四千の御法門によって、あらゆる衆生をも救おうとなされました。
 しかし、その御本意は法華経本門の御題目にある訳であります。
 
 私ども末法の凡夫は、過去から御題目にお出値い出来ずに、これまで参りました。
 今生で初めて、御題目の御信心にお出値い出来ましたのも、仏の大慈大悲が我々のような末世の凡夫にまで注がれているお陰であります。
 お互いは、この大恩を忘れず、日々に口唱信行に励ませていただき、少しでも多くの人々に仏の大慈大悲の慈雨が注がれるよう、教化折伏に励ませていただかねばならない、とお教えを下さる御教歌であります。

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「化城の喩」
「化城の喩」を拝見する為に知るべき事。

 この化城喩品では、三千塵点劫という、宇宙の生命が塵よりも小さい、人間の英知では及びもつかない遠い過去に、大通智勝如来という仏がおられたことから明かされます。
 この大通智勝仏には十六人の王子があり、この仏が成仏を遂げた事を聞くと、十六人の王子は出家を志し、他の人々と共に仏に御法門を説かれるよう願いました。
 この仏は、方便の教えを使い、これらの人々を仏の教えに誘い、人々の能力を高めた上で法華経を説き、十六人の王子は菩薩になられました。
 しかし、人々の中には信じ難くて理解し難い法華経を信じ切れない人の為に、十六人の王子は仏に代わって法華経を説き続けました。
 これを大通覆講法華といいます。
 釈尊が法華経を説かれ始めた時に、成仏のお許しを与えられた人々の、成仏の種はここにあったと明かされます。
 釈尊の法華経を聴聞されている人々は、このような因縁で今、釈尊より成仏のお許しをいただけたのは、遠い過去の深い因縁があった事を驚きました。
 ただし、これも迹門の教えで、後に法華経本門に入ると、根本の成仏の種である、久遠下種のお題目が明かされますが、ここではまだ明かされてはおられません。

「化城の喩」
 ある時、険しく厳しい道を行くたくさんの旅人がありました。
 人々の旅の目的は、五百由旬の果てという遠い所にある楽園を目指しておりました。
 この人々を率いる一人の導師は、鋭い英知を持った方でした。
 しかし道半ばにして、人々はその道の厳しさに疲れて、先に進むことを止め、中には来た道を戻ろうと言い出す人もありました。
 そこで導師は、自らの神力を用い、方便で幻の城を作り出し、この城で人々を大いに楽しませ、その疲れを癒しました。
そして再び楽園に向けて出発し、ついに楽園までの遠い道のりの旅を遂げる事が出来たのです。
この導師というのは、仏を指し、五百由旬の道のりというのは、仏道修行の困難な様子を表現しています。
大通智勝仏の時代に、御法門を信じる事が出来ずに信心を退転した人々が、釈尊の時代に生まれ仏に再びお出値いし、四十余年の間、様々な教えを説き、仮の悟りを示したのも、化城の喩のお話の通り、幻の城で休息をしていたようなものです。
今、法華経が説かれたのは、この休息を終え、ついに真の楽園である法華経の真実の成仏を与えられる為だったのです。

御教歌
 とてもわれ利益をみねば妙法の ありがたき事しられざるらん

 お互いが信心修行をさせていただく究極の目的は、成仏を遂げる事であります。
 では、自分が成仏に向かって間違いなく道を歩めているかどうかは、どうすれば分かるのでしょうか。
 仏様はそんな凡夫に、ちゃんと道しるべを用意して下さっているのであります。
 それは、ご利益をいただけているかどうかであります。
 成仏への道をちゃんと間違いなく歩んで行かせていだだいていれば、その証拠として、ご利益を頂戴出来るのであります。
 ご利益をいただける信心前を持たせていただく事こそ、本当のご利益なのでございまして、妙法の御信心の有難い所であります。
それを道しるべに、成仏への道を誤らないように歩めと、お示しの御教歌であります。
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「衣裏繋珠の喩」
「衣裏繋珠の喩」を拝見する為に知るべき事。

 先の化城喩品で、五百人の声聞の人々は、仏様との深い因縁を知って驚きました。
 大変な昔(三千塵点劫)に仏様に教えを受けた事が、法華経の教えをいただくことの出来たきっかけになったのです。
 この五百人の声聞の人々はというと、宗教的能力が劣る人々ばかりでしたので、仏様はいきなり成仏のお許しを与えて、声聞の人々を驚かせられます。
 これはなぜかというと、この人々が理屈ばかりが先に立つ人ばかりでしたので、法華経の教えによる救いという、事実が理屈より勝ることをお示しになったのです。
 五百人の声聞の人々は、今まで人事のように聞いていた教えが、自分たちの為の教えでもあることに、大変な驚きを示します。
 その五百人の声聞の人々の中に、富楼那尊者という人がいました。
 この人は仏弟子中「弁舌第一」と言われ、教化が大変よく出来る人でした。
 富楼那尊者は、今まで法華経以外の仮の教えを、最高の教えと思っていたことを反省し、成仏のお許しをいただけたことの喜びと、自分への反省を例え話にして仏様に申し上げます。
 それが、衣裏繋珠の喩です。

「衣裏繋珠の喩」
あるところに、大変貧乏な人がいました。
この人がある時、金持ちの親友に呼ばれて館に招待を受けました。
その館では、今まで口にしたことのないような料理と、大変おいしいお酒をたらふくご馳走になったです。
この貧乏な人は酔いつぶれてしまいました。
そこに金持ちの友達へ一つの知らせが来ました。
遠い地にある国の高官から、「公用の事で緊急の仕事がある。急いで来るように」との事でした。
とても遠くの所へ、旅立たなくてはならなくなった金持ちの友人は、訳を話す為に、酔って寝ている貧乏な友達を起こそうとしましたが、貧乏な友達はまったく起きる気配がありません。
仕方なく金持ちの友人は、この貧乏な友人の為にボロボロな衣の裏に大変高価な宝物を縫い付けて旅立ちました。
しばらくして、この貧乏な人は、酔いが醒めて起きてみると友達がいません。
淋しく起き上がり、また乞食になって諸国をさまよい歩く身に戻りました。
自分のボロボロの衣の裏に、とんでもない高価な宝物が縫い付けてある事など、知る由もありません。
何年か経って、再びこの貧乏な人が金持ちの友人を訪ねました。
金持ちの友人は親友の姿を見て驚きました。
「君の衣の裏に、君が一生遊んで暮らせるくらいの価値の宝物を縫い付けてあっただろう。君はそれに気づかなかったのかい?」
金持ちの友達は、貧乏な親友の愚かな無知を嘆き、哀れんだのでした。

御教歌
となふれば千々のねがひもかなふなり みのりのこゑぞたからなりける

御題には「口唱即宝珠」とお示しであります。
上行所伝の御題目が、この末法の世の中にお弘まりになっているのに、御題目口唱の有難さ、貴さ、そのお力の大きさを知らずに生きる事は大変愚かなことなのであります。
御題目をお唱えさせていただけば、どのような願いも叶えていただける、御題目口唱のみ声こそ、貴い宝なのであります。
御題目口唱の一回一回が、大変結構なご利益をいただく元になるのですから、その一回一回の御題目こそが、大変な宝となるのであります。
その大変な価値を知り、御題目を大切にお唱えをする事が大事であると、お教えの御教歌であります。
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「髻中明珠の喩」
「髻中明珠の喩」を拝見する為に知るべき事。
 先の勧持品までに、仏は全ての人々に成仏をお許しになられました。
 これによって、法華経は一切衆生成仏の法であることを示し、特別な人だけの教えではないことが分かりました。
 そうして、仏は次の段階、つまり、仏様がご入滅、お姿を隠された後のご弘通についての事へと進まれます。
 仏様ご入滅後、特に末法の世の中の御弘通の導師を、募集されます。
 勧持品の末尾、二十行の偈には、末法弘通の導師に降りかかる命に及ぶ大難を予言されます。
 この二十行の偈には、末法の法華経の導師は、悪口を吐かれ、ののしられ、刀や杖で傷を付けられ、権力者、他宗の僧侶、世の中の人々からの怨嫉、度々住む所を追われ、島流しに遭うなどの大難にあうだろう、と御祖師様が受けられた大難が、まったくそのまま予言をされているのです。
 そういう予言を聞いたにも関わらず、菩薩たちの中から末法の弘通を志願する人々もいました。
 しかし、仏様はその菩薩たちがその役目には適わないとして、志願を止められ、仏様の滅後、正法、像法時代の御弘通を託されます。
 その正像二時の修行方法として「四安楽行」を勧められます。
 そして、仏様滅後の法華経弘通をする者は、三世諸仏、諸天善神に守護されるのだから、大いなる自信を持ってご弘通に励みなさいと勧められます。
 その後、仏様が一つの例え話をされたのが、髻中明珠の喩、一般に「髻中の珠」といわれるお話です。

「髻中明珠の喩」
ある国に、一人の偉大な王がいました。
この王様は、世界を統一して真の世界の平定を目指しておりました。
この王様の国の兵士は勇敢で強く、次々と隣接する諸国を征服して行きました。
この王様は、自分の物に対して欲がなく、次々に部下の兵士に褒賞として与えてしまいます。
兵士達の戦力に応じて田畑や、お城、あるいは種々の珍しい宝物や財宝を与えるのです。
しかし、ただ一つだけ、自分の「髻(もとどり、まげ)」の中に入れている値段の付けられない程の最高の価値のある宝、「明珠」だけは誰にも与えようとはしませんでした。
それは何故かと言うと、その「明珠」こそ、王様である証、王家の秘宝だったからです。
もし、この明珠を王様が戦闘能力の低い兵士に与えてしまったら、どうでしょうか?
人々は驚き、怪しみ、全軍の士気が衰えるに違いありません。
仏様の教えもこれと同じで、法華経以前の方便の教えは、この王様のようにありふれた宝や財産を与えたに過ぎません。
しかし、仏様に従う人々の能力が高まり、この世の全ての悩み苦しみに立ち向かう力と勇気を持った時、仏様はこの王様の明珠のような、最高の宝物である法華経を授けられるのです。
この例え話は、法華経が仏様の教えの中でも王の位、諸経中王である事を示されているのです。

御教歌
 仏法の中においても優劣(うれつ)あり 国に王臣上下こと也
 
 仏様がお説きになられたお経文は八万四千あると言われています。
 そんな無数の教えの中でも、当然教えの深い浅い、広い狭いがあり、優劣があります。
 最高最尊の教えこそ法華経であり、仏様ご自身が、諸経中最為第一、諸経中王とお示しのように、最高の王様の位の教えなのです。
 それは、国に王様と臣下の上下があるように、決して犯されることのない地位なのです。
 その法華経の中でも、肝心要の御題目をいただく我ら佛立信者は、王法をお持ちさせていただいているという、自信と尊厳を持って、御弘通ご奉公に励ませていただく事が大事と、お教えの御教歌です。
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「良医の喩」法華経如来寿量品第十六
「良医の喩」を拝見する為に知るべき事。
 前品の従地湧出品第十五で、仏は地面からお弟子の無数の菩薩方をお召し出しになります。
 その菩薩方は高貴なお姿で、仏と比べると、例えば、仏が二十五歳の若者で、地湧の菩薩方が百歳の老人のようなもので、徳が深く、重厚ないでたちでした。
 弥勒菩薩は、常に仏につき従っているのに、自分も知らない菩薩方を、仏がいつ教化されたのかを聞きます。
 この前代未聞の出来事の後に、仏は次の如来寿量品で、目も眩まんばかりの貴いお姿を現されます。
 そして仏は、「私は釈迦として仏になったのは仮の姿で、実は成仏してから以来、永遠に近い時間が経っている。」と大変な事を明かされます。
 つまり、本当の姿は久遠本仏と言って、その寿命は永遠で、今まで無限の時間を人々の救済に尽くされていて、これからも未来永劫、命を持って一切衆生を利益し、救済されるのです。
 久遠本仏は、ご自分が久遠の昔に真実の成仏をした修行は、菩薩行だと説かれます。(お経文には「我本道菩薩道」とあります。)
 一切衆生が、久遠本仏と同じ菩薩行をすれば、仏になれると説かれたのです。
 そういう法華経本門の教えの重要な部分を明かされて、次に説かれるのが、
次の「良医の喩」なのです。

「良医の喩」
ある所に、たくさんの子供を持つ、その国の中でも有名な腕の立つ良い医者が住んでいました。
この医者の留守中のこと、子供達が家で遊んでいるうちに、親の薬箱を開けてしまいました。
薬箱には、ありとあらゆる薬が入っています。
子供達は親の仕事をまねて、お医者さんごっこを始めました。
そして、遊んでいるうちに全員、誤って薬箱にあった毒薬を含んでしまったのです。
医者が仕事先から家に帰ってみると、子供達がもがき苦しんでいます。
側にあった薬箱を見ると、毒薬が入ったビンのふたが開いています。
子供達が毒薬を飲んでしまった事に気付いた医者は、すぐさま解毒剤を調合して子供達に飲ませようとしました。
しかし、子供達は薬が体に良いと思って飲んだのに、毒だったので、その解毒剤をも毒だと思い込んでしまい、それを含もうとはしません。
医者は一計を案じて、解毒剤を子供達の見える所に置いて、旅に出かける振りをして、旅先から使いをやって子供達にあることを告げさせました。
それは、「お父さんが旅先で死んでしまった。」という事だったのです。
子供達は毒の事も忘れて嘆き悲しみ、父親恋しさから側にあった解毒剤を飲み、毒が癒えたということです。
仏も同じように、生者必滅の道理を守り、涅槃(仏が亡くなる事)を示すが、それは、この良医のように方便で旅に出るのと同じで、人々を仏に恋慕渇仰(恋慕い、求めること)の思いを持たせて、真の信心を起こさせる為なのである、とお説き下されます。

御教歌
 一まくの中でむすめが婆々となる しぬもいきるもほんまではなし
  (人間の役がはりの事・扇全十二巻二〇四頁)
 御題には、「寿量品云無有生死」とあります。
 舞台劇やドラマなどで、人の一生を物語にすれば、一つの演目、番組で娘役だった役者が晩年の場面でお婆さんになります。
 人間の人生はこれと同じで、人間の一生涯というものは、永遠に続く魂の時間のほんの一部、一幕の物語であります。
 生きるという事、死ぬという事も、永遠の魂の一部なのであります。
 この一幕の人生のうちに、良い演技が出来るかどうかで、次の物語の配役が良いものになるかどうかが決まるのです。
 
 お互いは生きている間に、菩薩行に励むご信者という役柄を、一生懸命勤めさせていただいて、臨終の暁に次の良い配役、寂光参拝をさせていただかねばなりませんよ、とお教えを下さる御教歌です。
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